独特な二の舞を演じる

  • 2020.05.21 Thursday
  • 18:48

アロハ(むすめ)のオムツ替えをするとき、カバーオール(つなぎ)のスナップを外し、おへその上までまくりあげる。
早く交換したいのだか、オムツ1枚の状態でお腹と脚があらわになるとアロハのテンションが上がりすぐに手をつけられない。
お尻を左右に動かし、手もぶんぶんと振ってオムツ前ダンスが始まる。
そんな愛くるしい姿を眺めていると突然の既視感に襲われた。
これ、知ってる。見たことが、ある…。

中学生くらいから、この既視感に悩まされることがあった。
初めて見るはずのものなのに、心の奥底にへばりついていた記憶がうずく感覚に陥る。
既視感の後に、その先に起こるイメージや遠い将来の映像が浮かぶこともある。
創作して湧き出るイメージとは程遠く、残像のようなものでわずかな記憶として、自分の中に存在しているのだ。
前世の記憶というやつなのか、それとも何らかの形でタイムスリップをしてしまったのか。

もしかして自分は1度この人生を全うしていて、どこかで取り返しのつかない大きな過ちを犯し、やり直させてくれと神に泣いてすがり、ワンチャンいただいた2度目の人生なのではないか。
それでも既視感があるということは、また大きな過ちに向かって歩んでしまい、同じ轍を踏もうとしているのではないか。
既視感は漠然とした不安と手を結び、いとも簡単にわたしを包囲する。

タイムスリップ、と自分なりの解釈をしてみた思春期の夢物語を、たやすく嘲笑うことができない。
なぜなら、既視感とともに未来の映像が浮かぶと、長い時間を経てその場面に遭遇してしまうからだ。

オムツ前ダンスに既視感が湧いてくるまでは気付かなかったが、そういえばアロハを授かってから既視感を抱くことがなくなっていた。
微塵の不安もなく、ちいさなことでも家族で笑いあえ、これがささやかな幸福なのかと。
それなのに今また、既視感に襲われてしまった。

どこかの景色や誰かとの会話中に起こる現象なら、自分が忘れているだけで、実は見たことのある場面であったり、似たような経験と混同しているとも考えられる。
だが、こんな具体的な動きに既視感が芽生えるものだろうか。やはり、このオムツ前ダンスを遠い昔に見たことがあるような気がする。

顕になったぷにぷにの腿、オムツと服の合間に覗かすたぷんたぷんのお腹。
リズミカルにお尻を左右に振り、右手は横に左手は器用に上下に動かす。
伸びた前髪が気になるのか、いちど頭に手をやり、今度は右手を上下に、左手を横に振る。
機嫌よく踊っているのに、突然怒り出し、またハイテンションに。
スピーディーといえばスピーディーだし、スローリーといえばスローリーな、なんともいえない動き。
キレがあるのかないのかよくわからないが、その独特のダンスは惹きつけるものがあり、思わず見入ってしまう。

じっと見つめていたら、眠っていた記憶が呼び起こされた。
もしかしてあれか、あれなのか?
とうとう鮮明な記憶が、目の前で起こるオムツ前ダンスと合致した。
ようやく既視感の正体がわかった。


そうか!どこかで見たことがあると思ったら、

長州小力のパラパラダンスか!!!


それに気付いたときの安堵たるや。わたしは胸を撫で下ろす。

これでは、ひとり相撲で勝手にピンチを広げ、最後はなんなく打ち取り、勝利の喜びを倍増させる2018年の山康晃方式ではないか。
でもわたしはこの既視感に勝利したのだから、もういうことはない。

我ながら、急展開すぎる〆だと思う。読んでくれている人になんだか申し訳ない気がする。

こんな結末でもみなさんキレてないですよね。
読者をキレさせたら大したもんだよね。

にこっ。

愛愛。
 

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